スペインでのこと(その2)

今週末からホキ美術館で企画展「スペインの現代写実絵画」が始まる。スペイン、バルセロナのMEAM(Museo Europeo de Arte Moderno)の所蔵作品59点が日本で初公開される・・・。企画展「スペインの現代写実絵画」のお知らせ

我々日本人写実画家の作品がMEAMで展示されたのが昨年9月。既に8ヶ月が過ぎようとしているとは・・・。・・・と、言うことでスペインでの話を書いたブログが去年の12月。スペインでのこと  未だ展覧会初日までたどり着かぬまま放置されたままなことに気がついた。もいい加減にあきらめるかと思ったが、ホキでの展覧会前にせめて向こうでの展覧会の所までは書いとくか・・・と思ったような次第。もう8ヶ月も経つと記憶もだんだん曖昧になる。多少のフィクションが入っちゃったらごめんなさい。

まずは前回書いたスペイン2日目までの所は読んでいただいた前提で続きをはじめるとしましょうか。

3日目の朝、約束どおりホテルのロビーまでKarenが迎えに来てくれた。今朝は私に加え、巨匠島村信之氏も参加となる。3人で近所のバス停からバスに乗りKostas家に向かう。プレワークショップ2日目は白亜地塗り。昨日使った膠水に白亜を振り込み入れ、沈ませる。水底にたまった白亜が水面に届いたあたりのところでやめ、静かにかき混ぜる。できあがったややゆるめの白亜地塗料をケーキ作りなどに使うゴムベラで初めはしごくように使いながら貼り込んだ布目につめていくように塗り込む。2層目以降はヘラをねかせ、均一に圧をかけるように塗り広げ、徐々に厚みを与える。合計3層塗ったところで出来上がり。さすが教師のKostasはかなり器用なようで、あまり細かなことを言わずともかなりきれいに仕上げていた。

無事下地作業が終わったところで昼ご飯。皆が下地塗りをしている横でKostasがギリシャ風の鶏肉料理を作ってくれていた。これがなかなかのもの。後で島村君が「スペインで食べた中で一番上手かったのはKostas料理だったよね。」と絶賛していたくらい・・・。

食後はワークショップに向けての下層描きサンプル作り。まずはその前に私が普段使っているメディウム作りの実演から。卵黄1容量に対し、日本から持参した自作のサンシックンドリンシードオイル6容量程度を乳化させる。オイルを加える前に酢を約1容量加えるあたりのやり方はマヨネーズの作り方そのまんま。できあがったメディウムは注射器の容器に入れ、そのまま常温で数ヶ月保存できる。

IMG_6379_R

さて、あらかじめ日本から持っていったインプリミトゥーラを施してある板地に下層描きをはじめる。しばし周りの顔を見比べ・・・、一番描き応えがありそうな顔は・・・「Kostas!」モデルは彼に決定した。彫りが深くてひげもじゃ。豚毛の筆でごりごり描いてみたくなる顔だ。幅広の筆にバンダイクブラウンをたっぷりつけて大まかな輪郭を取り、すぐに陰影を描き入れはじめる。骨格がはっきりしている西洋人の顔はたいして輪郭を描かず、いきなり明暗描写に入っても描きやすい。ひげなどは豚毛の丸筆を押しつけるように回転させながら動かすだけでボリュームを出しながら質感を出すことができる。ある程度陰影を追った後はシルバーホワイトを用いて明部を描き起こしていく。黄色味が欲しければイエローオーカーを、赤みが必要ならバーントシェンナを、少量加えながら、ブラシストロークを生かしつつ、抵抗感のある明部表現を行う。所要時間は1時間くらいだったろうか・・・。なんとかそれらしくまとまった。巨匠島村はその間ずっと私のデモンストレーションを携帯で録画していてくれたらしく、終わる頃にはほとんどバッテリーを使い果たしていた。そんなこんなで3時頃になっただろうか。プレワークショップに2日目は無事終わった。

帰りがけにMEAMに下層描き他、必要な材料を預け、歩いてホテルに戻った。夕方にはホテルからバスに乗って日本領事館へ。総領事主催のレセプションに出席。その日のためにちょっとはちゃんとした服装で(小尾はいつもコンビニスタイルだよな・・・、などと日頃言われているもので・・・。)・・・、と日本から持っていったはずのジャケットはちゃんと自宅に残してきちゃったため、変な中途半端な衣装での参加となってしまったが、まあいいか・・・。

ホテルに戻り、翌日の予定を立てる。4日目の予定では午前中に記者発表が入るはずだったのだが、その翌日に変更になったようで、夜8時からのオープニングレセプションまで自由時間となった。そこで急遽持ち上がった計画はマドリード行き。今回、予定では帰国前日のフリータイムを利用して皆はマドリードに1日行くことになっているのだが、私はワークショップがあるため、初めからあきらめていた。でもせっかくスペインまで来てプラド美術館に行かないというのはなあ・・・、とは思っていたところのこの情報。実は私の他にもワークショップを見届けるために残ることにしていたギャラリー須知の須知さんも同じ思いだったようで「小尾さん。行かない?」とけしかけてきたというわけ。どうせ行くならマドリードの知り合いの絵描き達のアトリエも訪れたいと連絡すると、皆快く迎え入れてくれるとのこと。そんなことやっているうち、さらに島村君までそっちの方が面白そうだと話に乗ってきた。結局さらにもう一人が加わり、合計4人で翌日早朝から日帰りマドリード行きが決定した。

IMG_6385_R

まだ日の昇る前にホテルを出てタクシーに乗り、駅に向かう。電車に乗ってバルセロナからマドリードまでは3時間近く。それでも美術館の開く時間よりだいぶ前にはアトーチャ駅に到着していた。地球の歩き方でしっかり予習していてくれた須知さんを信じてマドリードの街へ繰り出す。最初に向かったのはグランビア通り。我々にとっては言わずと知れたアントニオ・ロペスの作品が描かれた現場として、あまりにも有名な場所。完全におのぼりさんの観光コースと言うことになる。心躍らせいよいよ・・・、と言うところで「あれ?なんだここ!」なんと工事中。ありゃま、なんてことだ。・・・しかしそれでもなんとかここだろうという地点にたどり着き、恥ずかしげもなく記念写真。ところでいざ、その現場に立って気付いたことがある。ロペスが立って描いたであろう地点からそこを見ると、びっくりするほどその風景の真ん中にいるということだ。つまりそこから見ると風景全体が把握できないほど風景に接近していると言うこと。普通に考えれば、その構図でそこを描こうとするならもっと後ろに下がって客観的に全体を見渡せるところから描くだろうに、彼は首を左右上下に動かさなければ全体がわからないほどに間近で描いているのだ。そういえば映画「マルメロの陽光」の中でもロペスはマルメロの木に手が届くほど接近して描いていたっけ。それが彼にとってのリアルなんだろう。

42412634_328667181233999_2323082243435659264_n_R

さて、第一観光ポイントを無事クリアした我々は次の目的地プラド美術館へ。グランビア通りから少し戻ったところにある美術館に到着したときにはまだ開館前でチケット売り場にそろそろ列ができはじめる頃だった。ここでのミッションはとにかく「2時間でプラドを制覇」と言うこと。開館と同時に各自ばらばらに散開し2時間後にラスメニーナス前に集合!

と言うことで見始めたのだが、初めの北方ルネサンスの作品群の質に圧倒され、ちっとも先に進めない。このペースじゃやばいぞ、と途中からハイペースにせざるを得なくなる。ゴヤ、エル・グレコ、ベラスケスなどは、さすが地元、充実したコレクション。たった2時間で駆け抜けたが故にじっくりと作品と対話する余裕はなかったものの、かえって見えてくるスペイン絵画のにおいみたいなものは感じられたのかも知れない。言葉で言うのは難しい、なんとも言えない土臭さのようなものが確かにあるように思うのは私だけだったのだろうか?

次のポイントはティッセン美術館。ここでのミッションは「1時間で制覇!」。個人コレクターの収集品から始まったコレクションであることに驚いてしまう充実した作品群・・・。1点1点額縁にまで神経が行き届いているのがわかる。こちらの美術館は写真撮影も可能だと言うことで、思い切り寄った写真をいくつか撮ってきた。このくらいまで寄らないと絵具の表情はなかなかわからない。日本ではこんなことしたら間違いなく監視員が飛んでくるだろうな。

後ろ髪引かれる思いで美術館をあとにする。次の目的地はお友達のお宅訪問!どうやら美術館から歩いても行けるほどの所に一人目の友人、Martin Llamedoのアトリエがあるらしい。彼は去年の6月に我が家を訪れている。訪問者 -Visitors-アルゼンチン出身の画家で、数年前にスペインにやってきた。Google mapとにらめっこしながら細い道をきょろきょろしながら歩く4人の日本人達。明らかに怪しい・・・。「あっちじゃないか?いや、ここであっている・・・」内輪もめも始まりかけた頃、向こうの方から長身のイケメンが現れた。「Martin!」にこやかに挨拶する姿が迷子の我々には王子様に見えた。・・・古い重厚な建物に入ると中には螺旋階段。その中央には映画に出てきそうなむき出しのエレベーター。登った先に彼のアトリエの玄関があった。

いろんな画家達のアトリエを見てきたが、こんなアトリエは生まれてはじめて見た。高い天井の真っ白な空間。すっきり片づいて無駄なものが何も置かれていない。まるでインテリア雑誌に出てくるようなしゃれた調度品。お見事としか言い様がない。繊細で完璧主義とも言えるの彼の作品とどこか通じる雰囲気だ。アトリエには今描き始めた大きな作品が掛かっていた。これから2年以上かけて描いていくのだという。全く世の中にはいろんなタイプの画家がいるものだ。

ゆっくりするまもなく次の目的地Arantzazu Martinezのアトリエに。Martinのアトリエからまた歩いて行けるほどの所にあるということで、彼が案内してくれることに。10分くらいの距離だったろうか、見覚えのある彼女のアトリエの入り口にたどり着いた。2年前に彼女のアトリエには1度訪れたことがある。実質2日のスペイン滞在(Part-1)

共同で借りているアトリエの細い迷路のような通路を抜けた一番奥に彼女のアトリエはある。前回訪れた時に描いていた大作がちょうどあと数日で完成する所だという。まだ非公開と言うことでその画像を見せられないのは残念だが、色鮮やかで力強い作品は見応えがあった。9月にはこの作品と共に私の作品も展示されることになる。負けちゃあいられない。

と、言うことで怒濤のマドリード訪問のスケジュールは全て完了。その間約5時間の滞在だった。再び駅まで歩き電車に飛び乗る。夕方6時頃にはバルセロナに着いて、タクシーで一旦ホテルへ。一休みしてから展覧会会場に向かう・・・、つもりが、ホテルに着いたとたんに連絡が。「地元テレビ局の取材が入ってます。今すぐ来て下さい!」ゲゲゲ・・・。慌てて支度をし、タクシーを拾って美術館に向かう。ところが道が混んでなかなか車が前に進まない。気は焦るばかり。結局到着したのはほとんど8時に近い時間。もう美術館の入り口あたりは中に入る人たちでごった返していた。とにかくまずはレセプションのメイン会場へ・・・。人混みをかき分け中に入るとすでにパーティーの準備はできており、中央の段の脇には日本人作家達が全員椅子にきちんと座って・・・、こりゃ、やっちまったな・・・、と思いながらこっそり、と言ってもみんなが見守るど真ん中を背中を丸めてヘコへコしながら着席した。本日のマスコミ対策、0点。言っておくが、私の視点で書いているのでまるで私一人だけがヤバかったみたいに聞こえるかも知れないが、一緒に遅れた須知氏、島村氏も同罪なんですぜ。

レセプションは想像していた以上に盛大だった。バルセロナの中心部でもあり、ただでいろんなものが食べられるからと言うこともあるのだろうが、それにしても驚くほどの人々。会場を移動するのも一苦労だった。KostasやJohn、Karen達の他にもアカデミーの若い学生達も見に来ていて、興味津々いろいろ話しかけられる。

こちらが話が通じないとわかっていても気さくに話しかけてくるおばさま達。このあたりの感じは恥ずかしがり屋の日本人とはずいぶん違う。いずれにしてもヨーロッパ伝統の油彩技法を用いた日本の写実画家達がその本場で展覧会をするというのは、いわばヨーロッパ人が日本で相撲の巡業を初めてするようなもの・・・。30年以上前に、スペイン絵画に衝撃を受けた我々世代の画家にとって、我々がスペインの地で大々的な展覧会を開くようになるなど、当時全く想像もできなかったことだった。そう考えると、これだけ我々を対等な関係で扱ってくれることは全く感慨深いことだった。会場は2階全体にホキ美術館の所蔵作品が展示され、3階にはMEAMの所蔵作家達の作品が展示されていた。来場者は思い思いに会場を行き来しながら過ごしていた。我々もこの日は少し余裕ができて、3階に足を運んで現地作家達の作品を眺めることができた。最初の率直な印象は「我々の知っているスペインリアリズムとはちょっと違う・・・」と言うことだった。ロペス、ナランホ、ホセエルナンデスらの重厚で緻密な作風の絵画もあるにはあるものの、多くはもっとフォトリアリスティックなものだったり、逆にもっとざっくり描かれているものだったり・・・。3階を歩きながらあぁ、スペインでも30年という年月が過ぎていたんだと言う当たり前なことに気付かされ、ちょっとしたさみしさをも感じた。しかし逆に振り返って我々を見るとき、いつまでも30年前にとどまっている場合じゃないぞとも思わされる。我々日本人の写実を見るとき、確かに緻密に対象を追う技術という点では決してスペイン画家達に劣るものではないと思う。しかし何も知らない人がざっとこの会場を歩いたとして、日本人画家の作品を見てどれが誰のものだか区別ができなかったとしてもおかしくはないだろう。日本人画家の作品は総じて緻密。色彩は落ち着いていて静けさが漂う。対してスペイン画家達の作品を一言でまとめることは難しいだろう。日本の中で写実絵画を描いていると知らぬうちにその狭い範囲の中にとどまった仕事を当たり前のように感じてしまう。スペインにはそれがないのかと言われればないわけではないだろう。しかし彼らの目は少なくとも我々よりはもっと外に向かって開かれており、国際的に活動の幅を広げる画家達も多いようだ。21世紀になり、インターネットにより情報は国の壁を越えていく時代にあっても未だ日本は画家達、また美術市場共に鎖国以来の閉鎖的な文化の壁に覆われていることを海外に出てみてはじめて感じることができる。一方でその壁はマイナス方向にのみ働くものかと言えば必ずしも-そうとは言えないとも思う。現地で出会ったスペインで活動する美術評論家との対話の中での言葉、「日本人の作品が皆非常に静かなのに驚いた。」彼は日本人ではあるものの、初めからスペインで活動をはじめたため、現在の日本の美術事情についてはむしろよく知らないと言っていた。そんな彼の目に日本人達の絵画が静かなものとして驚きを与えたと言うことは、つまりそのような見方はスペイン画家達にはないものだと言うことでもあり、また振り返ってみれば自分にとってそれは常に最も意識している見方でもある。ありのままの自然に耳そばだてることによってしか生まれ得ないもの・・・もしそのようなものが確かな価値を獲得することができるなら、その静寂の絵画は一つの表現としての強度を持つことができるだろう。

たぶん今我々に欠けていて、またこれから必要になっていくものがあるとすれば、閉じこもった殻を破ること、そしてどれほど自分たちとは異質な世界があるかを知ることによって逆に自分の足下をしっかり踏みしめ、自分がはたしてなんであるかを見つめ直す姿勢ではないか。

そんなこんないろいろを考えさせられる一日。あー長かった・・・まだ4日目だ。どれだけその期間いろんなことがあったかということなんだけど・・・。まだ肝心のワークショップにまでたどり着けない。一体この調子で書いて日本に帰り着けるんだろうか・・・。とにかくそんな現代のスペインリアリズムが今週からホキ美術館にやってきます。必見です。是非チェックして下さい。

最後にこの日、飲み会のあとMEAMの館長に言われた最後の一言。「明日遅刻したらおまえは首だ!」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください