8月28日から31日の4日間、今回で2回目となるホキ美術館主催のアートスクールが行われた。これはホキ美術館が次世代の有望な写実作家を育てたいと去年から始めた講座。ホキ美術館から15分ほどの距離にある森の中の宿泊施設を使い、選ばれた若い作家たちに対し、滞在費、会場費、講師料、すべてをホキ美術館が負担するという”破格の”企画といえる。講師陣はホキ美術館に作品が収蔵されている作家たち。初めての去年は野田弘志、五味文彦、島村信行、石黒賢一郎、そして小尾修の5人が写実絵画について、講義と実践に分かれて指導した。同じ写実について語ってもこれだけ考え方に幅があるということを知ってもらうにはいい機会だったと思うが、なにぶん4日間のスケジュールではあまりにそれぞれのできることが限られているため、やや消化不良な部分もあった。今回の講師は石黒賢一郎と小尾修の2名。私がオイルスケッチを、石黒賢一郎がシルバーポイントを主にしたミクストメディア担当することとなった。
今回の参加者は男女3名ずつの6名。現在大学で勉強中の学生から、
すでに現役で活躍している作家まで、20代の若者たち。初日はホキ美術館のレストランでホキ館長、そして社長を交えたオリエンテーションに始まり、バスで会場に移動、夕方から私の前提講義、食事の後に今回使うメディウムづくりと、実際にそれを使っての試し描き。しょっぱなから9時過ぎまでの講座となった。
翌日も8時半には会場入りし、1日かけてモデルを前にオイルスケッチの下層描きを行う。教えながら合間を見て…、という感じではあるが、今回は私も受講生に交じっ
て描くことにした。
普段から写実的表現を志す受講生たち。時間をかけて描くことに慣れているため、1日で描き切るという慣れないスピードに最初は多少の戸惑いがあるようだった。最近は大学でも、また受験のための予備校でも、実際にモデルを前に描く機会はかなり少なくなる傾向にある。写実を志す作家の中でも写真からしか描いた経験がない者も多い。もちろん写真も利用価値のある道具の一つであり、そのこと自体を否定するものではない。しかしすでに四角い枠の中に納まった平面からキャンバスという平面に”写しとる作業”と、360度に広がる2次元空間を自ら切り取ってキャンバスという平面に”組み立てる行為”との間には相当な違いがあることをきちんと踏まえたうえで使う必要がある。実際の生きたモデルは写真のように止まってはいないし両眼で見る3次元の世界は右目と左目でも映る像
が異なる。時間によって室内に入る光や色も微妙に変化する。あらかじめすべてが固定された写真とはそこにある情報量が全く違う。それを2次元のキャンバスに描くということは、平面を平面に移し替える作業とは違い、目の前のものを解釈し選択し翻訳する行為といっていい。写真からしか描いたことがない人が実際のモデルを目の前に描いたときに全く形が把握できず、プロポーションすらとることができないということを最近教えながら知ったのだが、それはそんな理由からくるものなのだと思う。
今回の受講生たちを見てもややその傾向はみられるようで、完全に安心して見られる者はいなかった。モデルの持つ躍動感のある動き、形の美しさを感じ取るよりも、四角い画面に何とか収めようとして、動きのある斜めの曲線をキャンバスのたてよこに沿ってお行儀よく修正してしまう。一度輪郭線を描いてしまうとそれを信じ込んでしまい、描きながら形を”探る”ことができない。何人かの受講生には口頭で言っただけでは変わらないので実際に筆を入れて見せる必要があった。
…とはいえ、さすがは選ばれてきた受講生だけあって、素材に対する本能的な順応能力は皆、かなり高いようで、今回初めて扱うメディウムにも描きながら感覚的にそれぞれすぐに特性を理解し、使いこなし始めている様子には感心した。
三日目は下層描きを乾かす必要があるため私の講座はお休み。変わって石黒賢一郎氏によるシルバー
ポイントの指導が行われた。小さいボードにエビを描かせていた。かなり臭ったらしい。詳しい様子は見ていないのでここで書けないのが残念だ。…夕食後にはそれぞれが持ってきたポートフォリオを見ながら石黒氏と二人でそれぞれにコメントしながら1時間ほど。
最終日は再びオイルスケッチ。いろいろメディウムを工夫したおかげもあって何とか上に絵の具をの
せられる程度に乾いていた。グレーズについてデモンストレーションを用いて説明した後、描き始める。本来、特にグレーズはゆっくり乾く乾性油の特性を利用して、できるだけ時間をかけて描きたいのだが、今回使ったメディウムは下層描きを2日で乾かさなければならないという事情に合わせ、かなり乾きが早くなるように調整してしまったため、午前中に描いた部分が午後には結構乾き始めて絵の具が動かしづらくなってきてしまった。それでもそれぞれ何とか使いこなしながらそれなりの完成にこぎつけていた。初めからすっと順調に描き進むめた子もいれば、悩んだりじたばたしたりしながらじわじわと持ち味を発揮する子がいたり、後ろから眺めているとちょっとしたレースでも見ているようで面白い。
時間が終わり、作品を並べ、保木社長も参加しての短い講評。「君は何が描きたかった?ベストを尽くしたかね?」との単刀直入な質問には、受講生の間に緊張が走るのを肌で感じた。
教えるこちら側からでもあっという間に感じたなかなか濃い4日間。この中から才能を花咲かせてくれる作家たちが何人頭角を現してくれるだろうか。何かのきっかけになってくれることを願わずにはいられない。
はい。以上、報告でした。ちょっと硬い内容ですみません。そのうちまたふざけたものも書きますので・・。