藤林先生のこと

 fujibaya-1.jpg藤林教授の作品は再現描写的な写実絵画とは異なる。むしろ心理描写的なリアリズム絵画と言えるかもしれない。描かれたモチーフのみを見ると得体のしれない怪物であったり裸の男女が高層ビルの立ち並ぶ夜空を飛んでいたり…、と一見現実離れしたもののように見えるが、それらは例えば何ということはない電車内の人々の行動であったり、自身の入院生活からくる心理であったり…、ごくごく日常的な場面、また先生自身の体験といった個人的なリアリティーの中から湧き出たイメージである。そういう意味ではきわめて地に足のついたリアリズム作家であったと言える。ことに初期のシュールレアリズム的手法で描かれた作品は色彩と明暗による骨太の構成の上に執拗な描き込みがなされ、当時学生だった我々はその圧倒的なイメージと迫力に大いに憧れていた。今回の展覧会ではそんな先生の作品も2点展示されているが、こうして今同じ会場に並べさせてもらいながらも、こちらがすっかり打ちのめされるのを感じる。

先生は当時の教授陣の中にあって特別派手な印象を持つ教授ではなかった。どちらかというと口数は少なく、しかし発する言葉には遠慮がない、厳しくて一見とっつきにくい印象の先生だった。少しまぶたの重そうな目、感情をほとんど表情に表わさない姿を見て、友人との間で「なんだか1000年くらい生きてる亀みたいだよなあ。」なんてことを言ってたことがある。1年生の入りたての頃、モデルを描く授業での休憩時間に「休憩はモデルのためにある。君たちのための休憩じゃない。」と言って学生たちを震え上がらせたというのは同級生の間でもちょっとしたエピソードとなっている。何人か泣かされた学生たちもいる。それでもそんな絵画に対する真剣な態度に魅かれる学生たちは意外に多く、藤林クラスを希望する学生の競争率は結構高かったように思う。私もそんな中の一人だった。藤林教授に実際どんなことを指導されたか、実はそれほどはっきりとは覚えていない。それでもいくつか断片的に思いだすセリフがある。ある日一人アトリエで絵を描いていた時のこと。教授が一人入ってきて、作業をしている私の後ろに座り、5分以上一言も発しないまま、じっと私の作業を見ていた。しばらくの後、おもむろに口を開いて出た言葉は「これは失敗作だ。」…それ以上、具体的な話はなかったように思う。まだ始めて間もない絵を目の前に元も子もないような言葉の一撃。…結局その絵は完成させることができなかった。

卒業を間近に控えたある日言われた言葉。「とにかく描きつづけなさい。そのうち周りがいなくなる。」これもちっとも夢がない言葉だが、実にリアリティーがある言葉として妙に記憶に残っている。

もっと具体的な絵に関する指導では、特に画面の構成について言われたことが印象深く残っている。「観る者の視線を画面の中でどう誘導していくのかを考えなさい。」他には、「既定のキャンバスに描いて見ろ。」これは私が画面構成について意識的に取り組み始めたころのこと。一時期、私は構成を考える上で、まずモチーフを組んでから、それに合わせた大きさ、縦横の比率でパネルを作って制作することで、画面設定から始めて自分なりに構成を厳密にしていこうと考えていた時期があった。それは自分なりには構成に対する一つの積極的なアプローチのつもりだったのだが、先生の目には違ったものとして映ったのだ。それは何もキャンバスのサイズから構成を考えること自体を否定したものではなかった。要は、適当に組んだモチーフに、ただ画面を合わすだけでは何の構成力の勉強にならないということ。一つの画面をどのように分割し、色彩を操り、いかに全体を組み立てていくかをやり取りし、試行錯誤することでこそ構成力を養うことができるということを言いたかったのだろう。そのほかにも先生から受けた指導はいろいろあると思うのだが、今具体的には思い出すことはできない。しかしそれらは意識、無意識にかかわらず、体の奥にしみこんで今現在も自分自身の制作に確かな影響を及ぼしているようだ。

 しかしそんないくつかの言葉以上に、何よりも私にとって大きな力となったのは、作品の大きさや枚数で絵画に対する取り組み、意欲が判断されやすい風潮の中にあって、時間と手かずを費やして1枚の作品を作り上げることを良しとしてくれた藤林先生の姿勢かもしれない。だからこそ我々は存分に時間をかけて作品を作ることに熱心を示すことができたのだ。それは現在の写実系作家の中にかなりの数、ムサビ出身者が占めることとあながち無関係ではないだろう。

最後にもう一つ、なぜか心に残っている藤林先生の一言。それはある日、何気なく言われた言葉、「君は絵を描くのが好きなんだな。」その時は何当たり前のこと言ってんだろうと思ったものだが、今思い返せばそれは自分にとって教授からもらった一番の褒め言葉だったのかもしれない。

今回の「それぞれのスカラベ展―藤林 叡三へのオマージュ―」図らずも初めて恩師と作品を並べる機会を得たわけだが、もし先生が今、私の絵を観ていたらなんて言われたんだろうなんて想像したくなる。もしかしたら「これは失敗作だ。」かな?でも、それを言われた私が先生に言い訳させてもらうとすれば、「先生、私は今も絵を描くのが大好きです。」…そう言ってみたい。

 以上、きわめて個人的な藤林叡三像を書いた。たぶん他の人が書けばまた全然違った藤林叡三になるんだろうなあ。…ちょっと興味ありますね。

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