最近の若いもん

 「最近の若いもんは…。」そのあとに続く批判の言葉。遠い昔から言われ続けてきたおなじみの言葉だ。古くはエジプトの時代からそんな記述があると、どっかで聞いたような気がする。そんな時代から若者が悪くなり続けたらいったい今はどれほど悪くなっているというのだろうと思うのだが、たぶんそんなことはないだろう。要は世代が変われば人の考え方や環境も変わるということだ。

 絵描きの世界にも、もちろん世代の差は存在する。写実絵画がやたらと取り上げられるようになった昨今、雑誌の紙面には当人たちはよく知らない「写実第1世代、第2世代、第3世代…」いったい第何世代まであるのかよくわからない、そんな言葉が勝手に飛び交っている。自分自身は相変わらずこの年になっても自分はまだまだ下っ端だという気がしているのだが、ふと見ると下には自分より10歳も20歳も年下の絵描きがごろごろいるのに気付き、「ありゃ、俺はもしかしたらもう中堅?」なんて思うことがある。

 先日Gallery Suchiで開かれている展覧会「写実変」http://www.gallerysuchi.com/exhibition/のオープニングパーティーに出席した後の2次会の席、気付くと3つのテーブルにきれいに年代別に絵描きが分かれて座っているのに気付いた。20代の席、30代の席、40代以上の席とでもいえばいいだろうか。自分は言うまでもなく最年長組。 まったく「ありゃま。」である。「尿道検査は痛てえぞー!」なんて豪快にやっている。もちろんこれは出品者G氏の言葉。こりゃ、20代とは話が合わないな。

だがもちろん2次会ではきれいに世代に分かれていたものの、展覧会場では世代関係なく混じり合って絵についてああだこうだ言ったりしていた。

 いわゆる「写実系」と言われる絵描き達はここ数年非常に増えている。そんな最近の若い写実作家達の作品には全体としてある共通した特徴があるようにも見える。もちろんそれはあくまで全体的な傾向であってそれほどすべてが画一的なわけではない。しかしその傾向は「オジサン作家」達にはちょっと見ていて歯がゆく感じる傾向でもある。

 一言で言うとどうなるのだろう。「お手軽な絵」とでも言い表せばいいのだろうか。世間に取り上げられるようになってから、写実は「商売になる絵」になってしまった。それは決して悪いことではないのだが、売れることで写実を志す若者には早い時期から画商の声がかかるようになる。最近ではまだ大学在学中からそんな声がかかる学生たちもいるようだ。もちろん画商にもいろいろあるが、基本的に画商は絵を売ることで収入を得る。よってどんな絵が売れるのか、その傾向を熟知しており、意識、無意識いろいろあるに違いないが、結果的に見ると若い作家をそのような傾向に導くようになるケースが多くみられるのも確かなようだ。さらに問題なのは一部の有望な絵描きに多くの注文が殺到し、それをこなす能力の限界を超えることで自身の作品の質を保つことに困難を覚えるケースが出ていることだ。

 それらの要素が相まって全体に、甘くて軽く、口当たりはよいが、長時間の鑑賞に堪えられそうもない作品が増えているように思えてならない。

 もちろん短時間で描く写実があってもいい。そうすべき必然性を持って描かれたものであれば。また、甘くて軽い作品すべてが悪いわけではない。そこにそれでしか達成できない絵描きの感性が現れているならば。しかし残念ながらそのうちの多くはそんな積極面からできている絵ではなく、なにか「仕方がない環境」の中で、ある者は無批判に、ある者は流され、ある者は妥協し、またある者は消耗し、ある者は苦しみながら描いたもののように見える。

 考えてみれば我々の時代は彼らに比べて幸運だったと言えるかもしれない。我々の学生だった頃は、バブル期の真っ最中であり、親は決して裕福というわけではなかったが、2人の息子を不自由なく大学に行かせる経済力は持っていた。大学卒業と同時にバブルが崩壊。それまでの投資としての絵画ブームはすっかり去って、絵は売れない時代となった。バブル時代に聞いた景気のいい話の恩恵には全くあずかることはできなかったが、我々にとってたぶんそれはかえって幸運だった。売れないのが当たり前だから、あえて売れようと思う必要もなく、それほどあちこちから声がかかることもないので1年にたとえ3枚しか描けなくても描きたいものを好きなだけ描くことができた。収入は他で稼ぐしかなかったが、低収入であってもバブル時代の味を占めていないため、生活水準は初めから低かったので、低支出によって何とか対応してきた。だから描くことに疲弊する必要などどこにもなかったのだ。

 バブル後に学生となった彼らの場合、その親達は、以前より経済的困難を経験している世代と言えるだろう。私の知る学生の中にも大学院の進学について親の経済事情を口にする者もいたし、中には自身の学費を稼ぐためにすでに画商と取引して稼ぎ出すものもいた。そんな環境の中にあって彼らの中に絵を描くことと、食べていくこと、つまり収入を得ることとは、ダイレクトに直結する、もっとずっとリアリティーのある関係なのかもしれない。中にはもっとドライに絵を単に生活の手段と割り切っているものもいるだろう。それを簡単に悪と決めつけるのは単純すぎる話かもしれない。一見ぜいたくな悩みのように傍から見えたとしても、彼ら世代には彼らにしかわからない悩みがあり、その世代の経験してきた環境から生まれる価値観があるのだろう。

 10歳も20歳も年の離れた絵描き達と話しながら、ふとそんなことを思った。

…でも”おじさん”としては「たとえ評判が取れなくても、自己満足でも、自分がやりたいようにやりきった幸せな絵の方がいいよ。」…とやっぱり言ってあげたいなあ。「そんなこと言ってるから、いまだにうちは貧乏なのよ。」…と、どっかから声が聞こえてきそうだが。

 そんな意味では今回の「写実変」、私にとっては久々に見ごたえのあるいい展覧会でした。

 一見、傍から見ていて景気のよさそうに見える写実作家たち。でも実は大体みんな貧乏です。

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