ホキ美術館

もう間もなく1周年を迎えるホキ美術館。昨年、盛大だったこの美術館のオープニングに9月に渡仏した私は参加することができなかった。この1年の間に日本の中での写実系画家の取り上げられ方は著しく変わったと聞くが、それもこのホキ美術館の影響が大きいことは言うまでもない。数の少ない自分自身の作品のうち、かなりの部分を所蔵し、また展示してくれているこの美術館に帰国後早く行っておかなければと思っていた。やっと家の中のことがひと段落した昨日、家族で行くことになった。埼玉の我が家から千葉のホキ美術館まで我が家のポンコツムーブで行くことにする。我が家は夫婦そろって運転歴が短い。免許を取ってまだ3年程度。普段は近所の買い物くらいにしか車を使わない。当然高速に乗る機会もほとんどない。妻が免許取りたての頃、(私はまだ免許がなかった。)ためしに私を乗せドライブに出て、どういうわけか”間違って”高速に乗ってしまい、引き返すこともできず、降り方も判らず、泣きながらずっと先まで運転したことがある。映画よりリアルなだけにずっと迫力があった。まさに命がけ!なので当然今だ首都高など走ったこともない。我が家のポンコツムーブにはもちろんカーナビなどついていない。だからどこか行ったことのないところに行くときはたいがい私がカーナビ役、妻が運転手ということになっている。なぜなら妻は地図が全く読めないのだ。外国人なので読み慣れないのは当然だが、それ以上に極度の方向音痴。以前横浜に住んでいた時には近所を自転車で走っていて迷ってしまい、あちこちさ迷ううちに、散歩をしていた同じおばさんとなぜか3度も4度もすれ違ったというほど。今も近所を運転していて突然「どうしてここに出るのー?」ということはしばしばだ。

予定では朝こちらを出て、昼前頃に当地につき、近くで昼飯を食べてからゆっくり観るつもりだった。…前日の夜までは。当日の朝、妻の様子がおかしい。帰国後、しばらくしてから体のあちこちに虫刺されのようなものができてかゆそうだったのだが、前日の夜あたりからそれが爆発的に広がってしまった。ダニにでもやられたのか、昨日は1日中、庭の雑草を抜いていたのでその時何かの虫にやられたのか、よくはわからない。見た目にもはっきりとわかるほどの赤いぶつぶつ…。これは病院に行ったほうがよさそうだ。しかし美術館のほうには今日行くと既に約束してしまっている。仕方がないので自分一人、電車で行ってくるかとも思ったが、子供たちはすでに行く気になってしまっている。悩んだ挙句、少し遅くなると美術館に連絡を入れ、まず、病院に寄ってから行くこととなった。

病院の診察が終わったのが10時半過ぎ、薬局でかゆみ止めとアレルギーの薬を買い、車に乗る。このまま高速に乗ると、着くころには腹が減るということで、12時前に途中のラーメン屋で昼飯を食べる。さらにガソリンスタンドで給油。高速に乗るので一応空気圧を見てもらう。するとやはりかなり圧が低かった。それだけではなく「もうタイヤがかなりすり減ってますね。私ならすぐにでも替えますよ。」とまで言われる。確かにろくに手入れもしていない。フランスに行っての1年間は(親戚のおじさんがたまに乗って管理してくれたのを除き、)放置しっぱなしの状態。言われても仕方がない状態だ。いまから高速に乗ることを考えてちょっと不安になる。近くでタイヤ交換ができる店はありますか?と聞くと、しばらく行ったところにイエローハットがあるというのでとにかく行くことにした。タイヤ交換3万6千円、待ち時間は1時間。すでに2時に近いというのにいまだ埼玉県から出ていない。朝からいろいろありすぎて、本当に今日中にたどり着けるのだろうかと不安になる。とにもかくにも高速に乗ることに。乗ったところは妻が泣きながらの高速初デビューした同じ料金所。前回よりは多少の余裕はあるものの、まだまだ緊張感がある。前回と同じおんぼろムーブはさらにネンキを増し、車体の傷やへこみの具合もさることながら、今回はさらに窓が開かなくなってしまっている。なので料金所に着くたびに窓ならぬドアを開けて「すみませーん!」とやらなくてはならない始末。愛すべきおんぼろムーブは冷房をつけたままでは思い切り踏み込んでも大したスピードが出ない。いざ高速に乗るときには「さあ、行くよ!」の掛け声とともにカチッと冷房のスイッチを切り、めいいっぱい踏み込む。なんだか緊張感があり、一見かっこよさそうで個人的には大好きな瞬間だが、客観的にみるとかなりのしょぼい場面だ。妻の運転技術はフランス滞在による1年のブランクのおかげでその不安定感にさらに磨きがかかっている。帰国して間もないころは、交差点でも、「ここは止まるの?行ってもいいの?」などとわけがわからないことを言っていたほどだ。大体我が家の近所には2車線以上の道路というものがほとんどない。なので車線変更一つにしても大変な緊張感を伴う。車線変更のたびに「今行ってもいい?」「よーしよし、今なら大丈夫。ゆーっくりいけー!」そんな会話が飛び交うのだ。対するカーナビ役の私の場合も人のことを言えたものじゃない。さっそく最初の難関(?)美女木JCTで銀座方面に曲がるつもりが気付いた時にはまっすぐ行く車線に入ってしまっていた。いや、ほんとにちょっと油断するととんでもないところまで行ってしまう。一人で首都高を走る人のことを思うとまったく神業に思えてくる。そんな状態とはいえ、それほどひどい脱線もなく修正して、何とか目的地に向かうことができた。一安心。…ところが湾岸道路に入るあたりで再び問題発生。急に妻が運転しながら足踏みを始める。どうやら妻は眠気を催したようだ。さっき飲んだアレルギーを抑える薬のせいかもしれない。しかしここで眠られたら命に係わる。運転を代ってやろうにも止まる場所などあるわけがない。いろいろ話しかけて目を覚まさせようとするが、相変わらず妻はじっと前を見据え、その目は完全に座ったまま、時々どんどんと足踏みをする。これほどの緊張感ある場面など、人生の中でそうあったもんじゃない。こんな時頼みの綱の子供たちは後ろの座席ですでにぐっすり眠りこけている。朝からハプニング続きだが、ここまで来てまだ続きがあるとは。もうこりゃダメか。とにかくどこかで下に降りようと思ったところでようやく娘が目を覚ます。「とにかく何でもいいから騒げ!歌え!!」…こんな時の子供たちのなんと頼もしいことか。「ギヤーッ!!」まるで怪獣のように叫び、歌いだす娘。つられて妻が、そして私も叫びだす。狭い車内はまるでサファリ。何も知らない人が見たら狂気の沙汰だ。…こうして何とか生命の危機を乗り切った。

実際にホキ美術館に着いたのは4時をまわっていた。駐車場の職員に「あと1時間で閉館ですが、よろしいですか?」と言われる。「はい。結構です。」無事にここに到着できただけで幸せだった。

美術館について書くつもりが、美術館に到着するまでにここまで来てしまった…。入り口を入ると受付にホキ社長の御嬢さんが待ってくれていた。「遅くなってすみません。」本当に申し訳なくて穴があったら入りたかった。

時間の関係上駆け足で見なければならなかったが、美術館は噂に聞く以上に素晴らしいものだった。特徴的な曲線を描く回廊は照明もよく考慮され、作品も見やすい。曲線を描いているためずっと先まで見通せない分どこまで続くのだろうという期待を持たせもし、またどこにいるのだろうという不思議な感覚をももたらしてくれる。構造が複雑なので迷いそうでもあるが、進むうちに自然に次のコースに向かうよう、よく設計され、どれだけ念入りに練られた美術館であるかがよくわかる。肝心の作品のほうだが、ここまでよく集めたもんだなと思うほど、現代の日本の写実作家の作品が集合している。ほとんど知り合いの作品ばかりだが、皆、その中でもいいものがおさまっている。これほどに写実の作品ばかりを集めた美術館など他ではないだろうし、写実というある意味では同じ土俵の上で戦っている者の作品同士が並ぶだけに、手を抜いた仕事(いかに細かく描かれているかという意味ではない)はすぐに見破られる怖さもあり、作家として、ここに作品を収めるにあたっての緊張感をも生むことになる。特に作品の数が描けない写実系の画家にとって自分の作品が、ここに行けば観られる。と言える場所があること。また競い合うべき場所があることは無条件に幸せなことだ。反面気を付けなければならないことは、昨今の写実ブームと言えるような現象の中にあって、絵描きの側が踊らされてはならないということだ。

写実系の作家が増えてくるに従って全体としての質が低下しつつある傾向は、すでに確かに始まっているようにも感じる。それは、「ホキ美術館風」な作品を描こうとする傾向の中に現れていると言えるのかもしれない。絵描きの側はここにある作品を、「この美術館に飾られているような絵を描きたい。」というような意味での教科書にすべきではない。そこから生まれるのは所詮なになにさんの2番手、3番手でしかありえないのだ。そうではなく、むしろ作家側がここに飾られている作品の範疇からどんどんはみ出していく作品を描き続けることでこそ、今後の写実絵画に活気が生まれるだろうし、そのことは将来ここのコレクションに幅をもたらすことにもなるはずだ。そうでなければ今の写実ブームは印象派によって忘れ去られた当時のアカデミズムの作家たちと同じ運命をたどることになりかねない危険性を持っているのではないか。「ホキ美術館」が今後も輝き続けるために、作家側の自分たちの責任は大きい。

なんだか前半部分と後半部分で文章がずいぶん違ってしまったようだが、とにかく思うことは、”日本に帰ってきても充分いろんなことは起ってます。”…だな。

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