イタリアその2‐フィレンツェ

フィレンツェは塩谷亮夫妻が同じく文化庁の研修員として去年滞在していた街だ。個人的に夫妻共に親しくしている関係もあって(彼らは私がムサビの非常勤講師として入った時に確かちょうど4年生の学生だった。)事前にいろんな情報を地図入りでもらっていた。ローマと違い、フィレンツェは徒歩ですべて回れる街。20年以上前の記憶と塩谷情報をガイド代わりに歩くことにした。
駅から地図を頼りに宿を探すがその場所にそれらしい表示はない。

仕方なくその場所の店に入って聞いてみるがわからないという。隣りのサンドイッチ屋で聞いてみると、若い店員が番地を確認しながらもっとあっちだと教えてくれる。地図に示された場所から30メートルほど行ったところに確かにそこはあった。今回の宿は1つのアパートメントを貸しているところで台所や洗濯機など生活に必要なものが一通り揃っている。旅行に出る際にかさばる洋服を減らすのに、中間地点でで洗濯機がある宿というのはありがたいとそこに決めたのだ。オーナーの男性は大柄な人でさっそく部屋に案内してくれるのだが、エレベーターが小さいので一度には無理だと、先に妻と子供をのせて、上がって行った。何階かも伝えないままに。しばらく待っても戻ってこないので上がっていきたいが何階かわからないのでどうにもならない。かなりの後、降りて来たと思ったら「なんで上がってこないんだ!」という。さすがイタリアだ。

家族4人、簡単な朝食付きで2泊、318ユーロ。日本円で言うと35000円程度というのは日本の感覚でもかなり安いと思う。しかも実際行ってみて驚いたことのサムネール画像には窓を開ければ目の前にフィレンツェの象徴ともいえるドゥオーモがそびえている。歩いても1分の距離。もうひとつはその広さ。今パリで住んでいるアパートよりもずっと広く、部屋の中は骨董品のような立派な家具。自分達からしてみれば立派な邸宅だ。部屋に入ってとにかくその広さにあっけにとられる。ところで洗濯機の使い方を教えてほしいというと、「知らない。」「本当に知らない。自分で調べてくれ。」という。またしてもイタリア。ものは素晴らしいが、細かいところはかなり大雑把みたいだ。フランスで慣れているのでそれほど驚くことはないが、日本から来たらびっくりしたかもしれない。なんとか洗濯機の使い方を当てずっぽうで探り出す。しかし洗剤はない。水洗いだけでもいいかと洗ってみると、なぜかちゃんと泡立っている。さすがイタリア製の洗濯機。ガスの使い方がよくわからず、ちゃんと点火できなかったが、2日の滞在、そんな本格的な料理をするわけではないので電子レンジがあれば充分だった。子供達は早くもかくれんぼを始めている。本当に広いので実際隠れると見つからないほどだ。腹が減ったのでさっきのサンドイッチ屋さんに行ってお礼代わりにサンドイッチを買うことにした。サンドイッチ4つと水を注文する。奥で食べていたおじさんが、「それうまいよ!」と親指を立てる。「お客もさすがイタリアらしい。」とにっこり答えたが、会計をするときになったらその叔父さんが来て会計をしていた。どうやらこの店の主人はその叔父さんだったらしい。やっぱりイタリアだ。帰り際、さっきの店員が、ホテルは見つかったのか?と聞くのでみつかった。ありがとうと答えると、こっちに向かって手を挙げる。「グラッツェ!」とハイタッチ。どこからどこまでイタリアな出だしだった。

食後にオーナーのところに行って翌日のウフィツィー美術館の予約をとってもらい、そのままぶらぶら歩き出す。パリと違ってかなりの暑さだ。「塩谷マップ」にしたがっていくつかの店をのぞきながらアルノ川に向かう。今イタリアは(フランスも同じ)セール期間でいろんな店に(何パーセント引き)の札が出ている。ブランド好きの人にはたまらない季節だと思うが、あいにくというか幸いというか私も妻もブランド品にはあまり興味も知識もない。それでも妻はブランド品を扱う店以外のいくつかの店で気に入った洋服が安く出ているのを見つけて喜んでいた。サンタトリニタ橋を渡ると隣りのヴェッキオ橋がよく見える。昔見たのと変わらぬ風景。でもなんとなく記憶の中のアルノ川はもう少し広かったような気がする。橋の向こうにある塩谷夫人お勧めのジェラート屋でジェラートを食べる。一番小さいカップで1.8ユーロだが、結構山盛りに持ってくれるので充分な量になる。それぞれ好きなものを2種類指さして頼んでみる。イチゴのジェラートなど、フルーツ系のものは本当にフルーツそのものの味がする。イチゴっぽい味というよりイチゴそのもの。

ヴェッキオ橋を渡って再び宿に戻る。かなり暑かったこともあり、娘は寝てしまった。「バカと煙は高いところに登りたがる。」と言うが、前の日にバチカンのクーポラに登り損ねて半べそをかいていた息子、フィレンツェにもでっかいのがあるからと言い聞かせていた。この隙を利用して2人で登ることに。階段にして400段を超える高さにあるドゥオーモのクーポラ。もちろんエレベーターなどない。中間地点あたりでクーポラの内側に出るのだが、そこからは天井のフレスコ画がまさに描く者の視点から見える。こんな巨大な天井画を、描くものは至近距離から描かなければならない。全体を見渡すことなど不可能。しかも相当に不安定な足場から不自然な姿勢で描かざるを得ない。当時の画家達の技術とエネルギーには驚嘆をおぼえる。さらに200段程度登って頂上に出る。夕方のやわらかな光のサムネール画像に包まれたフィレンツェのパノラマ。見るとミケランジェロ広場よりもここのほうがずっと高いようだ。ここから見るとミケランジェロ広場のダビデ像とシニョーリア広場のダビデ像の両方を同時に観ることができる。下を見下ろすとクーポラの屋根の局面に沿ってむこうに行くほど急勾配になりあるところで突然ストンと切れてはるか下の建物の屋根を真上から見ることになる。いったいこれを作った人達はどんなふうに作業したんだろうと想像しただけで足がすくむ。6時を過ぎて時間切れ、降りるように急かされて再び階段を下りた。夕食は塩谷夫婦が借りた部屋の家主の旦那セルジョさんがウエイターをしているというレストランへ。ドゥオーモとシニョーリア広場の間あたりにあるYELLOWという店。店の前になんだかアメリカ人の団体さんが待っていて、入れるのかどうかわからず中をのぞいていると、中にいた店員のおじさんがこっちを見てジェスチャーで「3人か?」と示す。こっちが4本指を立ててみせると、入ってこいと手招きする。瞬間的にこの人、セルジョさんじゃないか?と思ったが、聞いてみると案の定そうだった。なんで知ってるんだというので塩谷夫妻の名前を言うと。うれしそうに笑った。子供が生まれたんだろう?と言う所を見ると、今でもこまめに連絡をとっているようだ。気分をよくしたセルジョさん。子供達を見ては「スゴイカワイイ!」を連発。イタリア人振りを発揮していた。肝心の食事、いくつかの種類のスパゲッティーとピッツァを頼んだが、今まで食べたどこよりもおいしかった。量もたっぷり。大満足。帰り道、まだ少し明るかったので近くのシニョーリア広場を通って帰ることにした。するとたまたまそこで野外コンサートが始まるところだった。どこからともなく人々が集まり広場に座って弦楽器の音色に耳をすます。いつの間にか吹く風も涼しくなっていた。しばし夜空を眺めながら気分のいい時間を過ごした。
つづく。

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