スイス(その1)

実は先週、数日間スイスに行ってきた。スイス人の友人、Catherineさんからのご招待。彼女と初めて会ったのはもう20年ほど前の事だ。たまたま日本に旅行で来ていた彼女が立ち寄ったのがうちの教会。当時ちょうど初めてのヨーロッパ旅行から帰って来たばかりの学生だった私は、外国人に対する恐怖症もなくなっていて、ちょうどスイスの画家、アルノルド・ベックリンに興味を持っていたこともあり、言葉も通じないのに果敢にもベックリンを知っているかと話しかけに行ったのが始まりだった。彼女はフランス語、英語、ドイツ語、イタリア語を話す。アメリカの大学で学び、帰国後はドイツ、イタリアで生活、イタリア人と結婚し、2児をもうける、今は家族で故郷のスイスに戻り生活している。その間、1度だけ彼女がスチュワーデスをしていたころに日本に立ち寄り、うちに呼んで家族と食事をしたことがある以外は直接会うことはなく、たまの手紙をやり取りするのみ。それでもとても親しい感情を持って接してきた。今回フランスに1年間滞在することになった時から是非家族同士で会おうと連絡を取り合っていた。

ジュネーブから車で30分ほど、レマン湖のほとりの小さな町が彼女の故郷だった。妻は来る前から自分の直接の知り合いでないだけに、言葉も通じないのにどうしようと緊張気味だった。しかし迎えに来てくれた車中で話してくれる彼女の英語はなぜか不思議とわかりやすく、私以上に英語が苦手な妻も意味がわかると驚くほどだった。私達のために彼女が用意してくれた宿は友人の持つゲストハウスだった。「小さいけど静かでいいところだよ、」と聞いてはいた が、想像していた集合住宅の1室というイメージとはかけ離れていた。遠くにアルプスを望み、レマン湖を見下ろす小高い丘の上の、手入れの行きとどいた広い庭。何種類もの果物のなる木が植えられ小さな畑にはイチゴや野菜が育っている。一角には子供のためのブランコや木のぼり用のはしごもある。家の周りにはいくつもの花々が植えられ美しいバラが目を引く。
満面の笑顔で迎えに出え来てくれたのは見るからに気さくな感じの夫人。一緒に来た娘さんは片言の日本語も話す。部屋に入ると我々のために果物やお菓子まで用意されている。外になっているすずなりのチェリーはいくらでも好きなだけ食べてもいいのよという。あさっての朝には一緒に外のテラスで食事をしましょうとまで。全く何から何まで驚くばかり。狭いなんてとんでもない。これは立派なホテル並み、いやそれ以上の贅沢だ。それを商売としてではなく趣味のようにやっているのだから。部屋には1冊のノートがあって、そこには宿泊した人達からのメッセージが書かれていた。よく見ると、Catherineさんの名前も…。
夕食はCatherineさんの家で。宿から車で約5分ほど下った町の中の静かな(ここではパリと違ってどこもかしこも静かだ。)マンションの一室だった。写真でしか見たことのない彼女の旦那さんと子供達。旦那は実は絵の修復家。フィレンツェで修復を学び、美術館の作品の修復などをしていたという。今までの資料を見せてくれたが、ピッティー宮にある作品や、フィリッポリッピの作品などの修復過程や調査記録などかなり詳しい資料を持っていた。言葉がもっとできれば聞きたいこともたくさんあるのだが…。子供達は言葉が通じないこともあって多少緊張気味、それでも帰るころには親なしで遊んでいた。
宿に帰ると玄関前に積み木やカードなど、子供のおもちゃが玄関先に置かれていた…。
次の日には近所の公園に。朝10時過ぎにCaterineさんが子供達と一緒にやってくる。車で10分ほど行くと、どこまで続くかわからない広大な自然公園がある。地図を頼りに歩いて行くとそこここに何かのポイントがある。ちょっとしたオリエンテーリングのようだ。聞くとこの公園のテーマは「樹木」のようで、木に関する問題を解きながら散歩ができるようになっているらしい。広大な公園、管理するだけでも大変だと思うが、ほとんど人に会うこともない静かな環境。途中の日当たりのいい場所で弁当を食べることに。芝生の上に直接座り、家から持ってきたパン、チーズ、バター、ジャム、生ハムなどを広げる。あらかじめ何かを作って持ってくるのではなく、その場で好きなように作って食べるというのがこちらのやり方のようだ。おもむろに人参をとりだしナイフで切って生でコリコリ食べる。日本ではあまりない光景だ。食べたら昼寝でもしようという。ゆったりとした時間の過ごし方。 ‘It is my life.’と彼女は言う。「都会はあまり好きじゃない。なんでも先に先にと急かされる。イタリアも美しいところだったけれど、人々はまだ何か周りを押しのけ、自分が、自分が、と競いながら生きている感じがする。ここでは子供の教育も、その子供子供のペースに合わせてやって行く。長女は何をやるのにもゆっくりで、いつまでも空をぼーっと見て過ごすようなタイプの子、何も急がなくってもいいじゃない。勉強は一生かけて続けるものなんだから。」ここしか知らないわけでなく、いろんな国を渡り歩いてきた彼女の言葉には彼女自身の中から出てくる説得力がある。

その後も近くの池でカエルの声を聞いたりカモにえさをやったり草笛を吹いたり、別の動物公園を歩いたりしながら1日を過ごした。
夜には彼女の教会の知り合い、河野さん宅でフランスの料理、ラクレットをごちそうになる。河野さんは初めの頃から私が日本語で手紙を書いたような時、Catherineさんに翻訳をしてくれていた人、何度か手紙をやり取りしたこともあるが、会うのは今回が初めて。オルガニストとしてこちらで教鞭をとるほどの人物。彼女に言わせると、「彼はなぞの人物、いつも忙しそうにしていて、じっくり話す間もなくあたふたと動き回っている。」確かにその通り、その日も私達に料理をふるまうためにずっと動きっぱなし。話の途中でもすぐにどこかに行ってしまう。どうしたのかと思うと冷蔵庫から手作りのキムチを持ってきてくれたりする。庭にはきれいな花々が植えられ、室内も植物であふれている。全て挿し木などして増やしたという。日本人はマメだとは思うがこれほどの人は少ないだろう。今回の日本の震災の事では募金活動他何度も日本に通ったらしい。
食後にはCaterineさんの旦那Salvatoreさんによる演奏。実は彼、修復家であると同時にミュージシャンでもある。

http://www.myspace.com/salvatoremeccio

その日は大小2つのタンバリンをもってきていた。南イタリアのタンバリンの演奏という。タンバリンという楽器がこれほどまでに表現の幅を持つ楽器だということをその時初めて知った。指先でどこを弾くかだけでもまったく音色が違う。片手でたたきながらもう一方の手で幕の表面に指を押しつけたりゆるめたりしながら音程を変化させる、時には唾で指先を濡らし、表面をなでるように強くこすらせて振動させる…、とにかくありとあらゆるテクニックを駆使して躍動するような情熱的な音楽を奏でるのだ。実際その場で聞いてみなければその迫力は伝わらない。残念。ピークではほとんど指の動きさえ見えないほど。子供たちでさえ感動を隠せないほどだ。そのうちCathrineさんと娘さんが前に出て踊り出す。なんだか不思議な光景。
帰る道、Salvatoreさんは歌いっぱなし。娘にも歌えという。何曲か歌っている中で聞き覚えのある曲。アメリカ童謡の「Are you sleepin’?」。幼稚園で娘も習った「ぐーちょきぱーでなにつくろう」なんだか本当の訳詞があったような気がするのだが、思い出せず、取りあえず知っている「ぐーちょきぱーでなにつくろう」で歌ってみると、よし、それじゃあ、自分がイタリア語、娘はフランス語、君たちは日本語で輪唱しよう。ということに。真っ黒なスイスの夜道を3ヶ国語の輪唱が鳴り響く…。これまた妙な光景。さすが、イタリア人が一人いるだけでこうもみんなが陽気になってしまうとは。明日の朝は宿の奥さんのドイツ語も交えて(奥さんはドイツ人)4ヶ国語でやろう!との約束を交わし、去って行った。

その2に続く。

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