モンサンミッシェル

何となくイメージではこの有名なモンサンミッシェルのすぐ対岸には古い町並みがあるような気がしていたのだが、実際は本当に何もない場所にポツンとこの島だけがある。2km以上離れた対岸には観光客用のホテルとスーパー、レストランなどがいくつかあるのみ。住宅と言えるもは周囲たぶん10km以内には一つもないだろう。あとはひたすら牧草地のようなものが広がるばかり。
パリからTGVに乗って2時間ほどのレンヌ駅からバスに乗ってさらに1時間。その時間のほとんどはこのようなひたすら続く牧草地帯だ。その日は気温は低めながら天候には恵まれ、綿菓子のような雲の浮かぶ空が地上に陰影の模様を描き出していた。娘は窓外に見える牛や馬、羊たちを見つけること、また、上空の雲を見ては「おいしそう。」と手を伸ばし食べることに忙しく、退屈する様子もなかった。時々動かなくなるので、見ると「食べすぎた…。」何やらわけのわからぬ演技中。

対岸のホテルに荷物を預け、まずは目的地に向かって歩き出す。遠くまで見渡す限りの平らな風景の真ん中にたった一つの突起物、観光写真で見るあの有名な姿だ。思ったより近そうに見えるのだが、それは周囲に何もないからそう見えるだけのようで、実際歩いてみるといつまでたっても目的地にたどり着かない。ただただ平らで強い風の吹く中を歩き続ける。まだらに浮かぶ雲が地上に影を落とし、その影が時折モンサンミッシェルにかかると、陽光に輝く塔が一変、黒いシルエットと化し青空の明るさとコントラストを見せる。その影が去って再び塔が輝くにつれ、今度は同じ影がこちらに向かって波のように押し寄せてくる。そんな光のうつろいを楽しみながら歩く。着いた時はちょうど潮が引いた時間帯のようで海のあるべき場所には、溜まったまま池になっている水を除き、見渡す限りどこにも水はない。ただどこまでも続く真っ白な台地。よく見ると、何人かの人たちが歩いている。潮が満ちてくる前に行ってみることに。島には入らず、わきを抜けて裏側に回る。実際歩いてみると、その砂は非常に粒子が細かく砂というよりはほとんど土のようだ。わきは海の向こう側からの風が吹き抜け飛ばされそうな強さだが、裏に回ってしまうと急に穏やかになる。暖かな日差しが心地いい。いくつかの池のような水たまりがあり、息子はそこに小魚がいるのを発見して大はしゃぎ、また、落ちていた貝殻を拾ってお宝だと興奮する。もう他へ動きたくもなさそうだ。いまだ本命の場所に入ってもいないというのに。子供にとってはベルサイユ宮殿よりも足元の砂利、目の前の世界遺産よりそこにある水たまり。そんなものだ。
島には正面からではなくわきからも入り口があってそこから入った。細く急な坂を登って行く。修道院内部に入り、さらに急な階段を上って行く。ここまでベビーカーで来る人は、さすがに他には見なかった。しかし我が家にとっては必需品。頂上の広いテラスに出ると、はるかかなたまで見通すことができる。上から見ると、雲の影そのものの形が白い砂の上に映っているのが見える。遠くに下からでは見られなかった海が。よく見ると、先ほどは地続きだった遠くの小さな島のこちら側まで海が迫ってきている。潮が満ちてきているようだ。表示板にそって迷路のような修道院内を見学する。アルルでも見た同じような回廊に内側には美しい花々が咲き乱れている。しかしアルルと違うのはその回廊の向こうに上空から見るどこまでも続く広大な風景が広がっていること。このような何もない場所にこれだけのものを作り上げたエネルギーには驚きを覚える。このように便利な時代、観光客が気軽に訪れるようになる以前、この場所に立っていた修道士たちにはこの風景はどのように映っていたのであろう…。

修道院を出るころに息子が急にトイレに行きたくなったという。修道院内にトイレはあったがずっと前に通り過ぎてしまった。こうなったらそのへんの陰でしちまえ!と、思ってみるが、この狭い島内、観光客達が行き交う中、そんな陰などどこにもない。仕方なく人の流れに沿って下に降りて行くが降りれば下りるほど人は増えるばかり、なんとかカフェを見つけトイレに駆け込む。ギリギリセーフ。もう少しで大変な事態になるところだった。
島を出て、再び対岸まで歩きだす。先ほどまで歩いていた砂浜は今や海水で満たされている。近づいてきたカモメに持っていたサンドイッチの残りをあげ、再び子供達が絶好調に。やっぱりモンサンミッシェルより、その周りのほうがいいみたいだ。夕食後、再び近くのモンサンミッシェルが見える橋まで歩いてみる。夕暮れ時の(と言ってももう9時だ。)刻々と移りゆく姿も美しい。妻と娘は先に帰り、息子は残るというので2人でしばらくとどまり絵を描く。帰る頃には島はライトアップの光が点灯され、また違った姿を見せていた。そこで息子がまたしても尿意を催す。今度はもう暗くて広く場所に困ることもない。「やりたいところで思う存分やれ!」橋のたもとで気分よく用を足させた。帰って聞くと、娘もおんなじところでやったという。今やこのあたりは我が家の縄張り。
結局ここでは翌朝にも1枚描いた。

 

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