初日の仕事(パレットを忘れる)

 1枚目のときと同じように朝10時に模写事務所に向かう。今回はもうだいたい内容がわかっているので一人で行くつもりだったが、ちょうどチャンさんの模写の期限と重なったこともあり、作品の搬出を今日に合わせてくれて一緒に事務所に行ってくれた。何から何まで本当にありがたいことだ。今日はほかにも一人、同じように模写の初日を迎える人がいた。イギリス人だという。フランス語も堪能なようでたぶん長くこちらに住んでいる人のようだ。
今日の担当官の説明によると、まだ未確定ながら、どうやら3枚目の模写の希望も叶う可能性が出てきたようだ。いろいろこちらの希望に沿うよう動いてくれているようでありがたい。ただし、残り時間を考えると、たとえ3枚目の許可が下りたとしてもとても完成までに至りそうにはない。今日の話によると、なんと4月の後半2週間ほどは、バカンスシーズンだとかで観客が多く、模写ができなくなるという。すると、今の絵を1カ月であげたとしても5月半ば、そこからまた2週ほど待って次の絵を始めても6月からになる。ルーブルでの模写は7月8月はできないので実質頑張って1カ月。3番目の希望はフランドルの作品。間違いなく時間がかかる。どうなるかは成り行き次第というところか。
さて、今回の作品はレンブラント晩年の自画像。キャンバスに描かれている。板地の場合、ほとんどは白亜地の上に茶系の薄いインプリマトゥーラの上に描かているが、キャンバスの場合は下層に土性系、上層には鉛白を含むグレーからやや茶系までの顔料を使った油性の、いわゆるダブルグラウンドか(明るいものから暗いものまで下地の色にはバリエーションがかなりあるようだ。)、もしくは晩年にはシリカを主成分とする暗めの茶系の単層による下地の2種類が用いられているようだ。前者は安価な土製系顔料で目止めをしたのち、実際の作画の基調色になる色で仕上げたもの、後者はさらに安価な顔料として使われたもののようで、共に主として経済性の面から選ばれた方法らしい。で、この際実際描く側から重要になるのはこのどちらの材料から作られた下地であるかということではなく、むしろどんな地色であったかということのほうだ。残念ながら今回の絵についてその下地がなんなのかについてのデータは得ていない。ただ、同時期に描かれたほかの作品についてみると、晩年に近づくに従って地色としては暗めになる傾向があり、作品によってはその地色が影の色としてそのまま露出しているものもある。今回の作品を見る限り、そのまま地色が観察できるような状態ではなさそうだが、画面全体の暗めの色調を考えると下地は明るめのグレーというよりは暗めの多少温かみのあるグレーを使ったほうがよさそうだ。そこであらかじめ、土性系の下層の上にシルバーホワイト、アイボリーブラック、プラス土性系の色を調整しながらの油性のダブルグラウンドの下地を作ることにした。

いざ作品に向かう。不思議なことにただ見るのと、実際に模写をしようとしてみるのとでは見え方が違ってくる。この絵ははっきり言ってパッと見た目には地味だ。絵の具の盛り上がりもそれほど劇的ではなく、目を見張るようなテクニックも見えてはこない。おそらく肌の色にはバーミリオンのような高価な顔料も使われていないようで、すべて土製系の安価な色で描かれているように見える。しかしよく見るとその肌の色もグレーの色の効果によって驚くほどの色幅と深みを持っている。暗い絵ではあるが、その暗さの中の色の幅、透明感をいかんなく発揮した黒の中の表情には目を見張るべきものがある。一見して前回模写した初期の自画像に比べ地味に見えるがその深い自己の内面まで現れたような表現も相まってこの晩年の自画像が名作であることは間違いない。
今日の作業。バンダイクブラウンでのウォッシュ。顔のハイライト部分を中心に、部分的にシルバーホワイトとイングリッシュレッドを混ぜたものを置いてみる。最初の手続き的なものに時間をとられたので正味2時間ほどの仕事。バンダイクブラウンの乾きがあまり早くないので、明日の作業も考え、今回はブラックオイルを主に使ってみた。(プラスサンシックンドリンシード。)明日までに乾いてくれているといいのだが。
そうそうKay君のほうも3週間ほど見ないうちにかなり進んだ。あと残り時間は約2週間という。今日の終わりごろ、ふと見ると、なんと後から見に来たMartin君が描いている。当の本人は後ろに座って「こりゃ楽だ。見てるだけでいいんだから。」とかなんとか言っている。こちらに向かっては「明日にはもう出来上がっちゃうんじゃないの?」と言う。シルバーホワイトの顔料がなくなっちゃったようなので明日また分けてあげることに。なんだかんだいって初めての油絵でここまでできれば大したものだ。
今日は久しぶりの仕事、なにか忘れものをするんじゃないかと思ったら案の定、忘れた。パレット。パレットを持ったレンブラントを描くというのに…。仕方がないので椅子の上にビニールのごみ袋をかぶせてパレット代わりに。かなりやりづらい。明日は気をつけよう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください