綱渡りと大当たり

先週の肩透かしから1週間。再びこの日がやってきた。きょうこそはなんとか担当官に会わなければ…。ところでその間にいくつかの展開があった。一つは、この事態を心配してくれたvyさんと、このことでフランス語のできない私に代わってルーブルに電話をしてくれたりしていた日本人のKさんが、日曜日にわざわざうちまで来てくれてちょっとした作戦会議を。とにかく今週行く前に一度そろっている書類のコピーを先方に書留で送ってみたらどうかということになった。こちらではよくそのように書留で書類を送ることがあるようで、そうすることにより、先方がきちんと書類を受け取ったという証拠を残すことができるからという。その際必ず書類には日付と描いた場所、自筆のサインをし、きちんとコピーを取って自分と相手の両方が持つようにする。どうやらそこまでしないと受け取った受け取ってないでもめることが多いらしい。月曜日にさっそく送ることにした。もうひとつは日本大使館の広報文化部の人と連絡が取れ、ルーブルあてに大使館から一筆書いてもらうことができることになった。初めは、前例がないとのことで戸惑っているようだったが、すぐに上の人と相談してくれ、OKの返事が出た。今日の午前にその書類を取りに行き、午後にルーブルへ。先週に続いての綱渡りだ。実はルーブルについても展開があった。先週事務所に一緒に行ってくれたチャンさんも、電話、メールのほかに手紙で事務所の担当官に連絡を取ろうとしてくれていたらしいのだが、昨日、彼女がルーブルで模写をしていたときに、その担当官がわざわざ彼女に会いに来てくれたそうだ。そしてその場で今日の4時半頃なら少しすいているだろうからとアポイントを取ってくれたのだそうだ。そんなわけで、今日とにかく会えることだけは確実となった。文化庁の証明書、大使館からの依頼、ボザール教授の推薦状、自分の略歴入りの(ほとんど嘆願書のような)手紙。(…翻訳は日本に住んでいる、我々夫婦のフランス語のE先生(フランス人))とにかく今やれる手は考えられる限りすべてやり尽くした。これでだめなら悔いはない。…と言いたいところだがそれでは困るのだ。とにかく可能な限り、一刻でも早く模写を始めたい。そんな緊張した気持ちでチャンさんと共に事務所に向かう。
 事務所前に並ぶ椅子には人はいなかった。しかし、それでも勝手にのぞいたりしてはいけないらしい。以前チャンさんは知らずに入ってなかの職員に非常に嫌な対応をされたらしい。当の担当官(女性)は、ほかの人たちの間では気難しいように思われているようで、今までの、電話もメールも一切応答なしの対応からも、勝手に自分の中でいやが上にもいろんな想像が広がってしまっている。いったいどんな人なんだろう。ただ、チャンさんは、たぶんうまくいくと思っているらしい。20分ほど経った頃だろうか、中から人が出てきた。小柄な女性。チャンさんとにこやかに話し始める。高めのやわらかい声。これが、1カ月間、会うことさえできずにいた模写担当官?全く想像していた人物像とは違っていた。何かもっとどっしりとして偉そうな、または反対にやせぎすで目の鋭い…、そんな人物像が勝手に出来上がっていたのだが…。中に入ってさらに一番奥まったところにその部屋はある。椅子に腰かけ話が始まる。すでに月曜に送った書類は着いているという。内容も読んでくれているらしく、話はいきなり実質的な内容になる。希望している作品は3つ。レンブラントの初期(板地)、後期(キャンバス地)、フランドル派。可能ならこの順番で3つともにやりたいのだが、時間との関係ですべては無理かもしれないと思っている。ところで実は今、レンブラントの模写をする人が一人決まっており、同じ部屋に何人も入ると狭くて見る人の妨げになるため、3番目の希望のフランドルから始め、レンブラントの部屋が空いてからそこに入るのであればなんとか早く手配できるという。困った事態だ。まさか、同じ絵を希望している人がいるわけでもないのに描けないなどということがあるとは思わなかった。フランドル派は時間がかかる。もし初めにやって予想以上に手間取ると、本命のレンブラントが間に合わなくなる可能性がある。もうひとつ、フランドルのほうは自分としてはまだ調べが充分ではない。もうしばらく文献を調べたいのが本音。場合によってはフランドルをあきらめてでもできればレンブラントを優先したいところだ。しかし、許可が下りないのでは元も子もない。仕方なく了解しようと思ったところ、その間のチャンさんとの長い韓国語のやり取りの間に担当官が何やら調べていたようで、今決まっている人の描く作品をプリントアウトしたものを示し、これと同じ部屋かと聞く。そうです。同じ部屋の反対側です。と答えると距離が離れていれば可能かもしれない。ということで当初の希望通りに申請を受理してくれることになった。そろえた書類を皆提出する。外国人なので、パスポートのコピーが必要だというので、パスポートを出すと、コピーを取りに行ってくれた。その間、チャンさんが言った言葉。「今日はとても親切。こういう場合、コピーを持って来ていないと自分でとってくるように言われ、また来週来なさいと言われる場合があるから。」とにかく終始、とても穏やかで親切な対応だった。今やれる範囲の最短時間で許可を出すようにしてくれると言う。と言っても許可が下りるのは1月末ということだ。最後に「日本から来たあなたのために、ルーブルは全面的に貴方を支援します。」ありがとうの言葉に対しては「それが私の仕事です。」と言ってのける。さすがに鳥肌が立つ思いだった。…とかなんとかいっておいていつまでたっても許可が下りない。なんてことがあるのかないのかわからないところがフランスの恐ろしさではあるのだが、とにかく今日の今までとは打って変わった大どんでん返しの原因はなんだろうかとふと考える。ピンカス教授の推薦状?たまたま先週担当官に会えなかったことで大使館からの手紙が間にあったこと?自分が作った”嘆願書”の情熱に打たれて?書類をあらかじめ送っておいた効果?その手紙を開けてみる時間がたまたま担当官にあったこと?チャンさんと担当官の愛称が良かったこと?そんなチャンさんにたまたまその日、何十人もいる模写をする人たちの中で声をかけた幸運?…たぶんそれら一つ一つの重なったすべての結果ではないか。すべては自分ががむしゃらになって動いた結果ではあるが、どれ一つとして自分の力で成し遂げたものはない。ほとんど全てにおいて、他力本願。どれだけ多くの人の好意に支えられてきたことか。気付いてみれば周りには恩人の山が出来上がっている。全ての人に心からありがとうと言いたい。全ては皆さんのおかげです。。

…ここまで大騒ぎして許可を取って、…これで作品がショボかったらもう、目も当てられない。これはかなりのプレッシャーですぞ。
今日も長々字ばかりなので、時間調節の時間に一休みしたマルリ―の中庭、ぷらっと入ってみたナポレオンの居室(petits apartments?小さなアパートだって?)の様子など、散らばしておきます。

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