ボザールのピンカス教授のクラス、2日目。こちらの雰囲気は、やはりムサビとはずいぶん違う。授業開始の時間が、2時。2時に着くと、すでに来ている学生は3人だけだった。しばらく待つと教授が、さらに待つとぽつぽつ学生がやってくる。何となく教授の指示に従って掃除が始まる。作業台の上の汚れた紙を取り除きタイルの作業台の掃除、その上に新聞紙を敷きなおしてテープでとめる。かなり滅茶苦茶な張り方。その上からさらにロールになった大きな紙を張る。その間にもビニールシートを張ってたっけ?そんな作業が急いでいる風でもなく続き、最後に絵の具練り用の大理石板がセットされいよいよ授業が始まったのが3時半。普段、一度に100人以上を相手に3時間のうちに一斉に下地作りをさせている感覚からすれば驚くほどのんびりした授業風景だ。こちらは特に専属の教務補助のような人がいるわけではないようで、何となく年長の学生が音頭を取りながら教授とのあうんの呼吸のようなもので進んでいるようだ。その間もみんながいっせいに手伝っているわけではなく、やる人はやる、やらない人はやらない。でも不思議にそんな感じでもクラス内がばらばらという風でもないのだ。人数の少ないクラスなので、皆がお互いを知っていて、今日やりたい気分の人がやっているという感じ。そんな様子を隅から眺めていると、一人の学生が近づいてきた。体のどっしりした黒人男子学生。英語は話せるかと聞いてくる。何かと聞くと、これを見てくれという。見ると何枚かの古い写真。自分の家族やら自分の子供の頃の写真。何が見せたいのか。中には誰だか知らない写真もあるようで、単なる自己紹介ではなさそうだ。そのあとこれも見てくれと出したのは自分が描いたドローイングの数々。100枚以上はあるだろうか、身の回りのもの、家族や自画像、おそらく自分の乗っているバイク、風景、静物、とにかく身の回りの物を手当たりしだいに描いている。紙はたまたまそこにあったような何かの切れはしなど、とにかく何にでも手当たり次第に描いてみるといった感じ。そう言えば、前回の授業の時もはじっこで何か描いていたっけ。決して器用なタイプではないけれど、描くことに対する情熱のようなものが伝わってくる。彼の名前はBakacary君(Vacarryだったっけ?紙に書いてもらったのにどこかに落としてきちゃった。)彼曰く、日本から来た人がいるというので作品を見てもらおうと思って持ってきた。とのこと。とても人懐こい学生だ。この先どんな絵描きになるのかは分からないが、その情熱は彼にとっての財産となるだろう。
こちらに来て授業の様子、学生の態度の違いに驚きもした。フランス人独特のよそよそしさも感じたのだが、もちろんそれは、何よりまず、こちらが言葉を話せないことが大きな原因だ。しかし、わからないながらも質問してみると、このわけのわからぬおじさんに対して驚くほどまじめに説明しようとしてくれたり、謙遜さも見せたり、のような人懐こい子がいたり、接するほどに日本もフランスも、学生たちは皆同じだななどと思わされる。
と、ここで思わぬ事態が。実はこのなんちゃってボザール学生は、昨日をもって終了と決まったのだ。何でも教授が私のことを話したところ、上のほうからダメ出しが出てしまったとか。なので、個人的に質問に来たりする分には問題ないが、ここで作業することはできなくなった。と言われた。まあ、こればかりは仕方がない。教授の一言で聴講できるようになっちゃうところもフランスのすごさであるならば、それが簡単にひっくり返っちゃうのもまた、フランスなのだろう。もしかして別のタイミングであったら大丈夫だったなんてこともあり得そうだ。たった2回の授業であったが、教える内容や、授業の様子、また知りたいことなど大まかなことはつかめたことだし、まずは言葉もわからない飛び込みのものを受け入れてくださった教授に感謝しよう。自分のことで忙しいにもかかわらず、私の通訳まで務めてくださった萩さんに、また、とても親切にしてくれた、この教室の助手のような役割のコロンボン(colombon?)さん、ありがとうございました。残念でならないのは、やっと知り合いになりかけたばかりの学生さんたちと、もう会える機会を失ったこと。まだ様子見だったが、しばらく通えばもう少し仲良くなれただろうに。そうすればちょっとは自分のフランス語の勉強にもなったはずだ。まあ天下のボザールを語学学校の代りにしたのでは怒られてしまいそうだが…